nekoの夢見

泡の国


今日の夢 ☆☆

お土産物屋さんのような建物があり、私は何人かの人と

旅行?に来ているのか、その建物の前に立っている。すると知人の男性

「岩□」さんが私の背中を指でつつき、水晶で出来た「鉛筆」を1本手にして

嬉しそうに私に見せてきた。

彼はこの鉛筆を、建物の中(お土産物屋)で売っているのを見つけた

ようで、天然の水晶?(透明の淡いグリーン色など)の「六角柱」の

ポイントなんだけど、先端だけは「鉛筆」になっていて文字が書ける

ようになっているモノが何本か売ってあった。


***************************

昨夜眠りに就く前、ふと 「トルコ風呂」 っていうのが浮かんできた

今で言うと「ソープランド」のことですが、


ウィキで調べると 「トルコ風呂」

中東圏の外において「トルコ風呂」の名をもって伝えられたハンマームは、本来、

ごく一般的な伝統的な公衆浴場である。歴史的には、中東の伝統的な社会のあり方

(そしてしばしばこれはイスラムの伝統として正統化された)に則って、男性社会から

隔離され、自由に外出することを制限されてきた女性たちが素顔をさらして集うことの

できたハンマームは、女性の社交の場として活用された経緯があり、オスマン帝国時代

にトルコの都市を訪れた西欧の旅行者たちは、富裕な階層から庶民に至るまで

様々な出自の女性たちが、ベールで顔を隠して浴場に赴く様をしばしば奇異と

驚きの目をもって外国に伝えた。

こうしたイメージの伝播はしかし、ハマム本来の社交的な機能とは裏腹に、ベールに

包まれた女性たちが素顔をさらして集う様が、東洋の神秘的でセクシャルなハーレム

に対する幻想と相まって、西欧社会にある種の誤解をもたらすこととなった。西欧では

古くから、「トルコ風呂」はエキゾチシズムを感じさせるオリエンタリズムのイメージと

しばしば結びつけられてきた。


男性に対しても女性が垢すりを行う「トルコ風呂」が日本で始まったのは1951年銀座

「東京温泉」に設けられたのが始まりとされる。定着していく過程で、1966年に

トルコ風呂が個室付浴場(サウナ)として許可された。東京オリンピック開催時には、

世界中の観光客の手前、トルコ嬢によるサービス自粛など当局の風紀取締りが強く

なった経由などや、赤線の廃止によって行き場を失った性風俗店と結びつき、

性風俗店としての「トルコ風呂」が発展していった。「ソープランド」と改名されたのは

1984年である。


※「赤線」

日本で1958年以前に公認で売春が行われていた地域の俗称(後述)。(非公認で
売春が行われていた地域の俗称は「青線」である。)

法定外公共物である里道の通称。「赤道(あかどう)」、「赤地(あかち)」ともいう。
(法定外公共物である水路の通称は「青線」、「青道」、「青地」)
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by nekonekonikuqu | 2010-06-06 11:25 | 夢解き・キーワード
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