nekoの夢見

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十字路 リュキア


もう先週のことになりますが、テレビで「日立 世界ふしぎ発見」で

「トルコ」の古代文明 『 リュキア 』のことをやっていました。

トルコは昔から、ヨーロッパとアジアがぶつかる地域で、貿易船によって

様々な文化や物が行き交った地域です。「 レバノン杉 」で貿易船を

造ったそうです。

『 リュキア 』と呼ばれる謎の文明の遺跡があるそうで、ギリシャ文明の

影響を受けたそうですが、2世紀ごろに大地震が起こり、海沿いの地域の一部

が海に沈み、今もカヌーで海中から顔を出している当時の『 石柩 』の遺跡が

見られるようです。

リュキアというのは一つの国の名ではなくいくつもの村、町が『 同盟 』を

組み議会制によって争いが起こらないようしていたそうです。

2011年にこの議事堂?の遺跡で「世界平和会議」?みたいなものが

催される予定だそうです。



博物館(トルコの?)には、リュキア時代の大理石の柩があり、女性の顔、上半身

に、獅子の手足、大きな翼をもった「スフィンクス」や「グリフォン」などが

見事に彫られていました。


興味深かったのは、リュキアのパタラの出身の「ニコラウス」という聖職者が

サンタクロースのモデルなんだそうです。


■ウィキより(一部)

古代エジプトの記録には、紀元前1250年頃、ヒッタイト帝国と同盟を結ぶ

アスワ同盟の一員にルッカ(Lukka、または Luqqa)という民族がおり、

これがリュキア人だと思われる。

ヒッタイト帝国が滅んだ後は、新ヒッタイトと呼ばれる独立した都市国家群になった。

ヘロドトスによると、リュキアという地名は、アテナイの王パンディオンの息子である

リュコスに由来する。

古代にはこの地域が統一されることはなく、独立した都市国家が強く結びついた

状態として続いていた。



ホメロスの著作の中では、リュキア人はトロイアの同盟として何度も登場する。

ホメロスの作品イリアスでは、リュキア人の分遣隊は2人の名将、サルペドン

(ゼウスとラオダメイアの子)とグラウコス(ヒッポロコスの子)に率いられた。

また他のギリシア神話では、リュキア王国を支配していたのは別のグラウコスで、

ミノス王の兄弟であってクレタ島から流浪してきたという。サルペドンに従う者は

テルミア(Termilae)と呼ばれ、ミルヤン人(Milyans)と呼ばれる人々を征服して

王朝を築いた。

ミレトスの町(植民地)の建設も合わせて考えると、この神話はクレタ島の人々が

小アジアに入植したことを示唆していると思われる。この他にも、英雄ベレロポンが

冒険の末にリュキア王イオバテスの王位を継ぐ神話など、ギリシア神話では随所に

リュキアが登場する。



また、リュキアは、女神レトを祭るうえで重要な土地であり、後には、レトの

2人の子供であるアポロンアルテミスを祭る土地にもなった



※ リュコスとはギリシア神話の人物である。「」の意味


女神レト

Letoをリュキア地方の言葉で「女」を意味する lada の変形と見なし、

レトの本来の姿はリュキアで崇拝されていた豊饒の地母神であるとする説。

とレトの父=天の極を司ると思われるコイオス、母は月の女神ポイベ 

妹は星の女神アステリアという天空一家に生まれ、当然女神レトも天空や

星などに関係する女神かと思ってしまいますが、レトに関してはその権能は

明確でないそうです。リュキアの地母神という説に並んで有力なのが

動詞 lanthano より 「見えざる者、隠れた者」とする説も有力だそうです。


母、女神レト そして双子とされている「アポロン」と「アルテミス」

特に主に太陽神とされる「アポロン」と彼とは逆に神話では

それほど活躍のない狩りの女神「アルテミス」。。。。ちょっと深く掘り下げて

いくといろいろ出てきそうです。


最後に はまぎんこども宇宙科学館さんのサイトより 

http://astro.ysc.go.jp/sin/sin70.html


太陽神アポロンの起源

アポロンは、通常太陽神と呼ばれるが、どちらかというと「何でも神」である。

ギリシャ神話の太陽神は正式にはヘリオスであり,アポロンと太陽が

結びついたのはそのあとのことらしい。

アポロンは光と太陽の他、作物、医療、予言、音楽、建築、弓術、田園、

そして羊飼いの神でもある。多数の土着の神が合体したのだろうとも言われる。



アポロンはデロス島生まれといわれ,信仰もデロス島が中心の1つである。

アポロンの母レトは、ゼウスの子を宿したためヘラににくまれ、どこの

大地もヘラを恐れてレトに出産の場所を提供しなかった。

最後に浮き島オルテュギア島(レトの姉妹のアステリアがゼウスに変身

させられたもの。別名星島。)が了解し、ポセイドンにより

固定され、レトが双子を出産したあと名をデロス(輝く物)と変えたもの

だという。

レトは、北方から、狼の姿になって逃れてきたとも言われ、

アポロンは狼の子と呼ばれることもある。



アポロは(1).アナトリア(小アジア)近辺のアジアの神か、(2).スキタイ

などの北方からきた神とされているが、その2説のどちらが正しいのか

まだわかっていないようだ。はっきりした証拠がないためである。


(1).小アジア説の根拠は、ギリシャの代表的な神であるアポロンが、

「イリアス」では、なぜか小アジアのトロイア人の見方につき、自らの矢

で9日間ギリシャ軍を攻撃したこと、母レトの名がイオニア語の女性を

表わすラダという言葉と似ている、アポロの呼称の1つ「リュケイオス」が

リュキア(小アジア半島南岸の国)の意味かもしれない、バビロニアの

シャマシュと予言力などが似ている、などである。


(2).北方説の根拠は、アポロンがヒュペリボレオス(極北にあったとされる

伝説の国)人と関係が深いことがあげられる。アポロンは生まれると同時に

この民族の所に白鳥で運ばれ、1月の後デルフォイに出てきて、

大蛇ピュートンを倒したと言われる。



F.ギラン(「ギリシャ神話」「ロシアの神話」(青土社)の著者)は、北方

渡来のギリシャの田園神と融合した、アジアの太陽神であるとすれば

すっきりする、と言っている。



アポロンの最大の聖域は、デルフォイの神託所だそうだ。この神託所は、

アテネの北のパルナソス山にあったが、そこの神託はもとは別の土着の神で、

アポロンの勢力が強まるとアポロンの神託に変わったらしい。


デルフォイはギリシャでは大地の中心(へそ)と言われ、ピューティア祭

が4年に1度催されていた

ピューティアはデルフォイの巫の名で、ピュートーという地名からとられた。

アポロンは、だいたいいつもデルフォイにいる。ようだが、8月末になると

北のヒュペリボレオス(リュキアだという説もある)に遊びにいって、しばらく

するともどってきたそうだ。



「レトが双子神を生んだのはデロス島ではなくリュキアである」という伝説など

から、レト・アポロン・アルテミスはもともと小アジアで崇拝されていた神格が

ギリシアに持ち込まれて定着した外来神であると考えられる。ゼウスとの交わりは

世界に様々な恵みをもたらす「天と地の聖婚(hieros gamos)」として解釈される。


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by nekonekonikuqu | 2010-07-31 21:09 | 夢解き・キーワード


最近、夜中から明け方にかけて台風のような大雨が

ふったり、かと思うと今日はひさしぶりに沖縄らしいカンカン照り

の暑い1日でした。今年は今のところ「水不足」の心配を

しなくても良さそうですが・・・・どうなることやら。


*******************

昨日の夢☆☆

何人かの人達と外を歩いている。高い場所から階段で下に降りて

いくと、下には巾が50cmぐらいの「小川」が流れているようだった。

水は透明で綺麗だけど、ドブ川のように燃えないゴミなどが沢山

水の中に落ちていた。

物に混じって、何枚かの「銀貨」(500円硬貨を3,4倍大きくした

感じ)も落ちていた。


小川の水は透明で綺麗に見えるが『 毒水 』で、触るのは

危険だと。夢の中で伝わってきた。

私の前を歩いていた「ミキ」さんという女性が、それを知らずに

水の中の銀貨を拾おうとしていた。


結局彼女も毒水だと分かったのか、また皆で歩き出した。

いつのまにか私の後ろに知人の女性が居て、さっきの毒水を指につけて

私の左側の肩甲骨あたりに付けて、またどこかに消えてしまった。


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by nekonekonikuqu | 2010-07-31 19:09 | 夢解き・キーワード

サイクル



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  ヴェガ・サイクル by nekoneko


人にも動植物にも「サイクル」がありますが、「地球」そのものにも

「サイクル」がある。

「太陽」と「月」  「金」と「銀」 「陽」と「陰」 「父」と「母」など

地球の「極」の反転(移動)と共に、こういった人の社会の

システム、価値観もまた反転していく。


北天の象徴「北極星」も不動ではない。地球の歳差運動によって

約2万5千800年ほどをかけて、北極星の位置に近づく星が

交替していく。これを『 ヴェガ・サイクル 』とよぶらしい。


上の画像だと、時計の12時の位置にあるのが「ベガ」、

そして時計の6時の位置が「北極星」にあたる位置。

向かって右半分は「天の川」の輝きによって光輝くが

左半分は右と比べて「暗闇」に見える。

1日が太陽が輝く朝~昼の時間帯と太陽が沈んだ

夕方~夜の時間帯であるように、宇宙にも「光」と「闇」

のサイクルがあり、巡っている。
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by nekonekonikuqu | 2010-07-26 10:00 | 夢解き・キーワード

ポモドーロ


 nekoが最近はまっているのは「トマトジュース」(^^

 メーカーは忘れましたが、トマトジュースにライムジュース

 とハチミツを加えた、さらっとして飲みやすいものが出ています。

 
 このあいだ、あるクイズ番組を見ていていろいろ調べていたら

 「黄金の林檎」というのに繋がりました。



ウィキで調べると

ギリシャ神話などに「黄金の林檎」が登場します。


アタランテー
「3つの黄金の林檎」の話が、ギリシア神話に登場している。狩人のアタランテー
がヒッポメノスを相手に争ったとき、ヒッポメノスは黄金の林檎を使ってアトランテー
の気を逸らし、彼女に勝つことができたという。

狩りに参加したアタランテーが毛皮を手に入れた後、彼女の父は娘に命じて
結婚させようとした。アタランテーはとても美しかったが、彼女は結婚に消極的
だった。神託で、結婚すると不運が訪れると告げられていたからである。
アタランテーを結婚させるため、彼女の父がアタランテーと約束させたのは、
徒競争で彼女を打ち負かした相手となら結婚するということであった。脚に
自信のあったアタランテーは、喜んでその約束に応じた。

彼女は多くの競争相手を振り切って走った。最終的に彼女の夫となったのは、
足ではなく頭を使った男であった。ヒッポメノス(メラニオーンとも)は
まともに争ってはアタランテーに勝てないことは分かっていたので、
アプロディーテーに祈って助力を乞い、女神から3つの黄金の林檎
(リンゴではなくマルメロだとされる場合もある)を与えられ、1つずつ
それを落としてアタランテーの気を逸らすよう教えられたのである。
その通りに、アタランテーはそれぞれの黄金の林檎を取り戻すために、
かなり長い間走るのをやめた。全力で走り3つの林檎を使い切って、
とうとうヒッポメノスはアタランテーに勝利し、彼女を得たのである。
残念なことにヒッポメノスは女神に感謝することを忘れたので、
ライオンに変えられてしまったという。

アタランテーは処女狩人であったが、自分を徒競争で負かした相手と
結婚すると約束した。彼女が負けたのは、ヒッポメノスが彼女の競争路
に落としたアプロディーテーの3つの黄金の林檎を拾うために
立ち止まったからであった。



ヘスペリデスの園はヘラの果樹園で東にあり、そこに不死を得られる
黄金の林檎の林があった(あるいは1本だけ植えてあった)。 ヘラは庭に、
百の頭を持つ不眠のドラゴン、ラードーンを放し、見張りをさせた。
ヘーラクレースの12の功業の11番目は、ヘスペリデスの園から
黄金の林檎を盗み出すことだった



パリスの審判
詳細は「パリスの審判」を参照

ゼウスが開いたペーレウスとテティスの結婚の祝宴に招かれなかった
争いの女神エリスは、宴に乗り込むと黄金の林檎を式場に投げ入れた
(あるいは転がし入れた)。黄金の林檎には「 (最も美しい女神に)」と
書かれてあった。3人の女神、すなわちヘーラー、アテーナー、
アプロディーテーが林檎を要求した。

ゼウスは、人類で最も美しい男トロイのパリスを思い出し、間もなく雄牛の
審査会が行われ、そこでパリスが審判をすることに気付いた。ゼウスは、
雄牛に姿を変えたアレースを遣わした。アレースは、ゼウスに命じられた
このこっけいな義務を受け入れた。神たるアレースはどこから見ても
完璧であり、結果、金の月桂冠を勝ち取る。ゼウスはパリスが公正公平な
審判をすると知っており、パリスに判断させようと考えたのである。

彼は林檎をヘルメースに持たせ、パリスにそれを届けて、女神たちが
彼の判断を議論抜きに受け入れることを伝えよと命じた。女神たちは
パリスのもとに現れ、それぞれ林檎を得るための賄賂としてパリスに
贈り物を約束した。

最初のヘーラーは、彼を有名で力のある王にしようと言った。次の
アテーナーは、神を上回るほどパリスを賢くしようと約束した。最後の
アプロディーテーは、この世で最も美しい女、すなわちトロイのヘレネー
(この時点ではスパルタの王妃)を妻に与えようと約束した。パリスは
アプロディーテーを選び、ここからついにはトロイア戦争の勃発に
至るのである。

パリスはすぐに兄弟と、ヘレネーとメネラーオスの結婚を祝うために
出かけた。彼らはそこで夜を迎え、メネラーオスはアガメムノン
に呼び出されると、ヘレネーとパリスだけが残された。このとき二人は
愛を交わし、ヘレネーはメネラーオスを捨ててパリスとともにトロイへ
向かった。ここからトロイア戦争が始まった。




北欧神話

北欧神話では、黄金の林檎は神の不老不死の源とされる。これは
ギリシア神話におけるアンブロシアに当たる。女神イドゥンが林檎の
管理に当たっており、林檎と最も関連付けられる。

『詩語法』第1章(No.55)でイドゥンは、エーギルによるアースガルズの
晩餐でその玉座につくアース神族の女性神8人の1人だとされる。
第56章でブラギは、イドゥンが霜の巨人スィアチに誘拐されたと
エーギルに語る。

以下は長いの省略




諸説

ヨーロッパの説話では、王のもとから黄金の林檎を盗み出すのは、
通常、鳥であることが多い。 以下に例を挙げる。

イワン王子と火の鳥と灰色狼 (ロシア)

黄金の鳥 (ドイツ)

黄金の人魚 (ドイツ)

9羽のクジャクと黄金の林檎 (セルビア、ブルガリア)

勇敢なPrasleaと黄金の林檎 (ルーマニア、鳥ではなく
ズメウが盗む)




多くの言語で、「黄金の林檎」とはオレンジのことである。
例えば、ギリシア語とラテン語の「 pomum aurantium 」は、
どちらも字義は「黄金の林檎」であり、オレンジを意味する。
ドイツ語、フィンランド語、ヘブライ語、ロシア語といった他の言語では、
さらに複雑な語源を持つ語が、同じような着想でオレンジを表す


「黄金の林檎」の語はしばしば、中東に起源を持つ果実マルメロを
指して使われることがある。
トマトは古代ギリシア世界ではその存在を知られておらず、イタリア語
でトマトを意味する「 pomodoro 」の語は、「黄金の林檎
pomo d'oro 」から派生している。 多くの物語中でオレンジが
「不思議な食べ物」とみなされる理由の1つには、他の果実と違って、
オレンジが花と実を同時につけることがあげられる


***************************

「トマト」と言えば「カゴメ」 (笑)

さんのサイトより

http://www.kagome.co.jp/tomato/tomato-univ/literature/origin.html



トマトという呼び名は「膨らむ果実」を意味する「トマトゥル」から
きています。はるか昔、メキシコ湾をのぞむベラクルス地方の
アステカ人がこう呼んだのが始まりです。トマトゥルとは元来
「ホオズキ」を指し、メキシコではホオズキを煮込んで料理に使っていた
ところから、形がよく似たトマトも同じ名前で呼ばれたようです。

ところで、この「トマト」という呼び名、世界共通だと思っている人も多い
のでは?実は、イタリアでは「ポモドーロ(黄金のリンゴ)」、フランスでは
ポム・ダムール(愛のリンゴ)」、イギリスでは「ラブ・アップル
(愛のリンゴ)」と、さまざま。なぜリンゴ?と思われるかもしれませんが、
昔からヨーロッパでは値打ちの高い果物や野菜を「リンゴ」と呼ぶ
習慣があったからのようです。



トマトに関する世界最古の文献は、植物学者マッティオーリが1544年
に出版した『博物誌』です。また、イタリア語でトマトを意味する「ポモドーロ
(pomodoro)」は、同じくマッティオーリが10年後の1554年に出版した
改訂版の『博物誌』の中に初めて記載されています。

語尾のoroには、黄金や富のように貴重な物、あるいは金色という意味
があるのですが、彼はトマトを「とても大切な物」という意味で表現
したかったのかもしれません。『博物誌』改訂版には「熟すると黄色に
なるものと赤色になるもの」と書かれていますから、彼が最初に見た
トマトは黄金色、つまり黄色やオレンジ色の品種だったのかもしれません。



トマトの学名は、ラテン語で「リコペルシコン・エスクレンタム」。実は、
この学名にもなかなか興味深い意味が隠されています。

リコペルシコン は「狼(lycos)」と「桃(persicon)」を合体させた
言葉で、エスクレンタムは「食べられる」という意味。すなわち
食べられる狼の桃」となります。

名付け親は、英国の植物学者フィリップ・ミラーで、1754年に
発表しています。「リンゴ」から「桃」に変わった経緯は定かでは
ありませんが、「狼の桃」とは、いかにもたくましい生命力を感じさせる
ネーミングですね。
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by nekonekonikuqu | 2010-07-21 22:55 | 夢解き・キーワード

海の日


今日は「海の日」だったんですね。今頃気づきました。。。。

あるブログに、地球の海の水は「月」(人工衛星)の

内部から地球に降ろされた(物質化され)。と書かれて

ました。



海水には、わずかですが「金」が含まれているそうです。


「きん」と読む漢字を見ていたら「金」以外に

「琴」 「禁」 「緊」 「菌」 「錦」 「今」 「檎」(林檎)など

結構沢山ありますね。対する「銀」(ぎん)は「吟」ぐらい

でしょうか。。。。


↑ これはお遊びというか意味はないのですが、先日

「北極星」の代替わりについて調べていました。ご存知の方も

多いかと思いますが、「北極星」と呼ばれる星は実は「不動」では

ないんですね。仮想上というのでしょうか、北極星の位置に

一番近い星を「北極星」と呼んでいて、数千年ごと?に地球の

「歳差運動」によって変化する訳です。

この地球の歳差運動、宇宙に大きな円を画くのですが(画像が

あれば良いのですが。。。。)一周を画くのに約1万3千年かかる

そうです。その間に12の星座を巡っていくそうです。(1万3千年÷

12) このことをシュメールの人達は知っていたようです。

巷でここ数年言われている「アセンション」が起こる2012年12月

ある本によると、この時にちょうど1万3千年の新たな始まりと

なるそうです。地球のクンダリーニ・エネルギーの極も、これまで

の場所(地表にある)から、別の場所にまた1万3千年とどまることに

なり、人類に大きな意識の変革をもたらすらしいのですが、

ふと「北極星」の交替もこの意識の変革に関与しているのでは?と

nekoは思いました。

現在は「こぐま座のポラリス」が「北極星」ですが、これから2000年後

ぐらいには「ケフェウス座 エライ」など「ケフェウス座」の星が北極星

になり、西暦1万200年ごろに「はくちょう座 デネブ」が、そして

西暦1万3700年ごろに「琴座 ベガ」が「北極星」の位置に近づく

と予想されているそうです。過去の北極星については、あまり調べても

細かく出てこないのですが、紀元前2800年ごろ(今から4800年前ごろ)

の北極星は「りゅう座 トゥバン」で、紀元前1万1500年ごろ(今から約

1万3500年前ごろ)は「琴座 ベガ」が北極星だったそうです。

時代的には、旧石器時代の後期あたりでしょうか。

日本列島は大陸から完全に離れ、ほぼ今の形を整えたと考えられて

いるそうです。(今から1万2千年前)
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by nekonekonikuqu | 2010-07-19 23:03 | 夢解き・キーワード

また雨です。


昨日は雨が降ったり止んだりで涼しく、明け方から大雨で

おかげでクーラー無しでも肌寒いぐらいでした。

今日も沖縄(那覇)は雨が降ったり止んだりです。


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2日ほど前、頭に突然浮かんだメロディー♪

「宇宙戦艦ヤマト」の交響曲 ♪さらば~地球よ~

旅立つ船は~ ってやつです。


今日の夢

■大きな「白ワイン」のボトル 新品だけど蓋が少し開いてしまい

中からワインが漏れてしまった。。。。焦って近くにいた男性に助けを

求める私。

■ 嘉手刈(カデカル)という夫婦?らしき男女に呼ばれ

長方形で表面に石(大理石のような感じ)のタイルのモザイク貼り

の装飾の箱があり中を見ると、男性(ヨーロッパの兵隊みたい)の

人形(こっちもモザイク貼り)が置かれていた。

夫婦は写真の載った分厚いカタログのような物を見せ、

3箇所(1つは日本橋?か一ツ橋? 東京の有名な大学の名前?

2つめは金光教のなんとか)の施設か病院の名を挙げて

その中から1つを選んで。と言ってきた。私の子供がその病院に

行くようだった。



嘉手刈っていうと、うるま市石川の『 嘉手刈観音堂 』?

うるま市公式サイトより http://www.city.uruma.lg.jp/1/277.html

五代・伊波按可が金武(キン)に逗留していた 日秀上人

(にっしゅうしょうにん)に勧進(かんしん)して建立したお堂である。

と伝えられる。初めは伊波の城下に建てられたが2度も火災に見舞われ、

現在の場所(嘉手苅)に移転させた。
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by nekonekonikuqu | 2010-07-19 16:36 | 夢解き・キーワード

七面天女


6月26日の「 御穂須須美 」の記事 後半にちらっと書いて

おりました『 七面天女 』、『赤龍』について 何故つながったか

今となっては自分でも「?」なんですが。。。。とほほ





ウィキから抜粋 七面天女

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E9%9D%A2%E5%A4%A9%E5%A5%B3


七面大明神(しちめんだいみょうじん)は、七面天女とも呼ばれ

日蓮宗系において法華経を守護するとされる女神。七面天女は、

当初日蓮宗の総本山である身延山久遠寺の守護神として信仰され、

日蓮宗が広まるにつれ、法華経を守護する神として各地の日蓮宗

寺院で祀られるようになった。その本地は山梨県南巨摩郡早川町に

ある山で標高は1982mの七面山の山頂にある寺(敬慎院)に

祀られている神。


七面山は、古来より修験道が盛んな山で、山頂にある大きな池の

ほとりには池大神が祀られている。その姿は役の小角の姿である。

日蓮聖人の時代以前から、すでに七面山には山岳信仰の形態の

一つとしての池の神の信仰があった。




「身延鏡」に残された伝承

此の御神と申すは本地は弁才天功徳天女なり。鬼子母天の

御子
なり。右には施無畏の鍵を持ち、左に如意珠の玉を持ち給ふ。

北方畏沙門天王の城、阿毘曼陀城妙華福光吉祥園にいますゆえ吉祥天女

とも申したてまつる。

 山を七面といふは、此の山に八方に門あり、鬼門を閉じて聞信戒定進捨懺

に表示し、七面を開き、七難を払ひ、七福を授け給ふ七不思議の神の住ませ

給ふゆへに七面と名付け侍るとなり。此の神、末法護法の神となり給ふ由来は、

建治年中の頃なりとかや、聖人読経の庵室に廿(20)ばかりの化高き女の、

柳色の衣に紅梅のはかま着し、御前近く居り、渇仰の体を大旦那波木井

実長郎党共見及び、心に不審をなしければ、聖人はかねてそのいろを

知り給ひ、かの女にたづね給ふは、御身はその山中にては見なれぬ人なり。

何方(いづかた)より日々詣で給うとありければ、女性申しけるは我は

七面山の池にすみ侍るものなり。聖人のお経ありがたく三つの苦しみを

のがれ侍り、結縁したまへと申しければ、輪円具足(りんねんぐそく)の

大曼荼羅を授け給ふ。

 名をば何と問い給へば厳島女(いつくしまにょ)と申しける。聖人聞し召し、

さては安芸国厳島の神女にてましますと仰せあれば、女の云く、

我は厳島弁才天なり。霊山にて約束なり、末法護法の神なるべきとあれば、

聖人のたまはく、垂迹の姿現はし給へと、阿伽の花瓶を出し給へば、水に

影を移せば、壱丈あまりの 赤竜となり、花瓶をまといひしかば、実長も

郎党も疑ひの念をはらしぬ。

 本の姿となり、我は霊山会上にて仏の摩頂の授記を得、末法法華受持の

者には七難を払ひ、七福を与へ給ふ。誹謗の輩には七厄九難を受け、九万

八千の夜叉神は我が眷属なり。身延山に於て水火兵革等の七難を払ひ、

七堂を守るべしと固く誓約ありてまたこの池に帰り棲み給ふ。

 ―――――以上「身延鏡」より ―――――

金光明経によれば、吉祥天の実父は八大竜王の一柱徳叉迦竜王、実母は

上記にある通り鬼子母神、実兄(もしくは夫)は毘沙門天である。

上記「身延鏡」より、七面天女の本地は、吉祥天と弁才天(安芸の宮島の

厳島弁財天)と言われてきたことがわかる。

厳島大明神(厳島弁財天)の本地についての伝説に

 お伽草子、天竺トウシヨウ国の善財王は、父大王より賜った伝家の宝の

扇に画いてある毘沙門天の妹吉祥天を見て恋の病に臥す。西方国の

第三王女あしびきの宮は、その画のような美人であると教える者があった。

しかし、その国へは往復十二年もかかるが、家宝である五からすという烏が

王のために使して、往復百七十日ばかりで返事をもらってきた。王はますます

恋の病が重くなってきたが、氏神の夢想の告げによって、弘誓の船、慈悲の

車を造り、五からす、公卿臣下を乗せて、サイシヨウ国に行き、あしびきの宮を

欺むいて本国に連れて来た。ところが后達が嫉んでみち腹の病にかかった

様をして、仲間の相人に合わせて、「ギマン国の、チヨウザンという山の薬草を

王が採ってくれば治る」と言上させ、王を往復十二年も掛かるギマン国へ

ゆかせた。その留守中后たちは武士たちに、あしびきの宮を、カラビク山

コントロカ峰ジヤクマクの岩へ連れて行き殺させた。宮は妊娠七ヵ月で

あったが、其の時王子を産んで梵天帝釈に加護を祈った。  


その子は、帝釈をはじめ虎狼野の守護によって山中に成長した。十二に

なった時、王が帰国してこの事情を知り、山に尋ね行き王子を助ける。宮の遺骨

を携えてカビラ(石垣島川平という説有)国スイシヨウ室のフロウ上人に頼んで、

再生させることが出来た。ところが王は宮の妹に心が移ったので、宮は日本へ

来て、伊予の石槌の峰、さらに安芸国佐伯郡カワイ村に落ちつき、佐伯のクラアト

の奉仕によって、クロマス島に仮殿を造って住んだ。宮は、いつくしき島なりとこの

島をめでたので、厳島の名が起った。この宮を大ゴンゼンといい、本地は

大日如来で、あとから尋ねて来たセンサイ(善財)王は、マロウドの御前(客人御前)

と呼び、本地は毘沙門天。滝の御前はカラビクセンの御王子の御事なり。

御本地は千手観音にておはします。ひじりのごぜん(聖御前)と申すは、カビラ国の

上人にておはします。本地は不動明王にておはします。

というものがある。貞和2年(1346年)の断簡絵巻物が現在のところ最古の

記録である。源平盛衰記巻13にも大同小異の記事が出ている。


よって「身延鏡」などの文献資料から言うと、七面天女は、かつて天竺、大陸西方に

あったサイシヨウ国の第三王女 あしびきの宮だった可能性がある。



同じくウィキより 赤龍

赤龍(せきりゅう、チーロン) とは、主に中国やインド等、アジア方面の

神話にて登場する竜の名称の一つである。名称通り、全身の鱗が真っ赤で、

太陽や火山から生まれたと言われており、口内からは灼熱の炎を吐き出す。

燭陰は赤龍の代表ともいえる。

五行思想においては、赤は南を位置するものな為、赤龍を朱雀と同様、

『南方を守護する神聖な龍』としている異説がある。

道教における人格神化した名前では、南海赤龍王敖欽と呼ばれる。

前漢を建国した劉邦には、眠っている母の体の上に赤龍が乗った後に

彼が生まれた、つまり赤龍の子だという言い伝えがある。


山梨県身延山の奥の院、七面山の七面天女が紅龍の化身だという。

奥の院には影嚮石(ようごうせき)という七面天女由来の磐座があり、その

周りを回りながら願い事をするとよいという。
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by nekonekonikuqu | 2010-07-15 22:13 | 夢解き・キーワード

御穂須須美 その2


沖縄は昨日あたりから本格的に暑いです。周りに聞くと個人差が

あるのでよく分かりませんが、私の感覚だと今年は去年より

随分と「涼しいなぁ」と感じてました。これから10月まで猛暑が

続くのか冷夏になるかは定かではありませんが。。。。。


数年前から石垣あたりで『 でいご 』(梯梧)の『 ヒメコバチ 』

などにより花が咲かなかったり、樹が枯れたりなどの被害が

多くでているそうです。

「でいご」の花が沢山咲いた年は「台風の当たり年」と言われてますが、

確かに今年はnekoの家の近所の「でいご」も「ヒメコバチ」にやられて

花がほとんど咲いていません。

***************************

さて、長らく手がつけられずにいた「御穂須須美」近辺のこと

ですが、まずは出雲の「美保神社」から。

祭神は「三穂津姫命」と「事代主神」(=えびすさん)なんですが


■三穂津姫命 高天原の高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の娘で

大国主神の后神として、高天原から稲穂を持って降嫁され、稲作を

広めた。とあります。

ウィキペディアより
『日本書紀』の葦原中国平定の場面の第二の一書にのみ登場する。

大己貴神(大国主)が国譲りを決め、幽界に隠れた後、高皇産霊尊

大物主神(大国主の奇魂・和魂)に対し「もしお前が国津神を妻とする

なら、まだお前は心を許していないのだろう。私の娘の三穂津姫を妻とし、

八十万神を率いて永遠に皇孫のためにお護りせよ」と詔した。


■事代主神は、大国主神と神屋楯比賣の息子で別名「八重言代主神」

など。以下はウィキペディアより

葦原中国平定において、タケミカヅチらが大国主に対し国譲りを迫ると、

大国主は美保ヶ崎で漁をしている息子の事代主が答えると言った。そこで

タケミカヅチが美保ヶ崎へ行き事代主に国譲りを迫ると、事代主は「承知した」

と答え、船を踏み傾け、手を逆さに打って青柴垣に変えて、その中に

隠れてしまった。

タケミナカタもタケミカヅチに服従すると、大国主は国譲りを承諾し、

事代主が先頭に立てば私の180人の子供たちもは事代主に従って

天津神に背かないだろうと言った


名前の「コトシロ」は「言知る」の意で、託宣を司る神である。

言とも事とも書くのは、古代において言(言葉)と事(出来事)とを

区別していなかったためである。

大国主の子とされているが、元々は出雲ではなく大和の神とされ

国譲り神話の中で出雲の神とされるようになったとされる。元々は

葛城の田の神で、一言主の神格の一部を引き継ぎ
、託宣の神の格も

持つようになった。このため、葛城王朝において事代主は重要な地位を

占めており、現在でも宮中の御巫八神の一つになっている。葛城には、

事代主を祀る鴨都波神社(奈良県御所市)があり、賀茂神社(上賀茂

神社・下鴨神社)のような全国の鴨(賀茂・加茂など)と名の付く神社の

名前の由来となっている。

美保で青柴垣に引き籠った事代主神は、伊豆の三宅島で三島明神に

なったとする伝承もある。富士山の神とともに10の島を生み
、現在の

三嶋大社(静岡県三島市)に鎮座したとする

*************************

「美保」の地名の由来となった「三穂津姫」さんですが、これは神の

置き換えがあったようで、元は『 御穂須須美 』(コシの国のヌナカワ姫の子)

がこの地の祭神だったようです。



■ 伊萬太千さん 
http://www.mitene.or.jp/~hayamine/file3/miho.htm より

事代主命・三穂津姫命といふ神名が出雲国風土記にはどこにも

記されていないということである。 そして風土記の美保郷の條には 

「所造天下大神命、娶高志国坐神意支都久辰爲命子

俾都久辰爲命子奴奈宜波比売命而令産神御穂須須美命

是神坐矣。故云美保」 と記されているということである。

 すなはち、ここは所造天下大神大穴持命と奴奈宜波比売命との

あいだに生れませる御穂須須美命の鎮まりますところであつた、されば

その美保郷の地名を負ふ美保の社の主祭紳がこの御穂須須美命と

無縁であるはずはない。

 岸崎左久次は天和三年(1683)の『出雲風土記鈔』で 「併祭神

御穂須須美命与御祖大穴持命、及御母奴奈支智比売命而、

言三社大明神是也」 としているが、その三社大明神という社号の

ことはともかく、風土記をもとにする『風土記鈔』がかく御穂須須美命を

主祭紳と考へるのは当然のことといはねばならない。

 しかるに、これが前述のごとく、中世のいつごろからか三穂津姫命・

事代主命の両神にとつて代わられるのである。

 しかし風土記のころにはもつぱらこの郷の祖神たる美保須須美命を

祭神とするものであつたろう。 それがやがて記紀神話の下降に從い、

あの国譲りの話で有名な三穂津姫・事代主の両神をもって祭神とするに

至り、さらには主として事代主命の方をもって祭神とするに至つたものと

考へられる。 そして想像すれば、これにはあの福神としての夷神信仰

の普及が興って力あったものと思われるのである。 夷神をもってわが

事代主命のこととし、かつ大黒天とともに福神として祀るふうは中世に始まり、

次第に深く民間に深透するに至ったが、現在では神社当局としてもこの

考えを積極的にとり入れ、その頒布物に「ゑびす様総本宮」の語を入れる

に至つている。



 このように、地方神から皇統神への祭神の変更は、中央集権の

確立によって、皇統中心の信仰体系が地方に及んでいった事を示すもの

であるが、この祭神の変更をいつの時点にするかは、今のところ明らか

ではない。なお、美穂神社は、その後美穂関が港津として発展するにつれ、

信仰圏を広げていったものと思われる。

 美穂須須美命は、美しい稲穂の実りを進める神との解釈もあるが、

須須を見る神、即ち北陸の※1 珠洲(石川県)のあたりを守る神と解する事も

できよう。 このような例から、島根半島東部と北陸地方との間には、

古くから交渉のあった事が判る。(気多大社)

 しかし、出雲から越へ積極的に進出したのか、その逆であったかは、

現時点では明確ではない。

               ~八束郡誌より~


※1 石川県珠洲市狼煙町にある須須神社奥宮に御穂須須美

が祀られています。


***************************

神話では「大国主」(八千矛神、大穴持命 etc)は女神にモテた?

のか本妻の「須勢理比賣」は嫉妬深い女神として描かれており

ますが、大国主が旅に出る(別宅の妻に会いに行く?)のですが

須勢理比賣の心がまた乱れているのを知り、大国主は彼女に

歌を送ります。


『 ぬばたまの 黒き御衣を まつぶさに とり装い 沖つ鳥 

胸見るとき はたたぎも これは適はず 邊つ波 そに脱きうて 

そに鳥の 蒼き御衣を まつぶさに とり装い 沖つ鳥 胸見る

ときはたたぎも これは 適はず 邊つ波 そに脱きうて 山縣に 

あたね舂き 染木が汁に しめ衣をまつぶさに とり装い 沖つ鳥 

胸見るとき はたたぎも 比し宣し いとこやの 妹の命 群鳥の

我が群れ往なば 引け鳥の 我が引け往なば 泣かじとは 

汝は言うとも 山處の 一本薄 項傾し汝が泣かさまく 朝雨の 

霧に立たむぞ 若草の 妻の命の ことの 語りごとも 是をば


夜の闇のような黒い素晴らしい衣(誰??)を完璧に装っても私には

似合わない、波に流してしまおう。翡翠のような蒼い素晴らしい衣(これは

多分沼河比売)
を完璧に装っても私には似合わない、波に流してしまおう。

山の畑の茜草で染めた赤い素晴らしい衣(須勢力比売のこと)が私には

一番似合うようだ。渡り鳥のように私が旅立ってしまったら君は泣かないと

いっていても、きっと泣くのだろうな。それを思うと哀しくて霧のように

溜息が出てしまうよ。)』


古事記には赤・青・白・黒の四色が出てきます。

この四色は四神の色です。順に朱雀・青龍・白虎・玄武です。

そして大体その所属(?)によって色が決まっているような感じです。

赤は出雲系(スサノオ系) 青は地上の神 白は高天原系(アマ

テラス系) 黒は黄泉。


翡翠色(青)のヌナカワヒメは地上の国つ神だし、スセリヒメは黄泉から

出雲につれてきたので赤。これで行くと黒の黄泉のひめが居るはずなのですが、

残念ながらここではわかりません。 by 古事記研究所第9分室さんより 

http://www.geocities.jp/tomasanjp/kojiki9.html


************************

ここに登場する「コシ」※2の国(翡翠の産地で有名な糸魚川の

ところ)の姫 『 ヌナカワ姫 』=『 御穂須須美 』のお母さん

が登場します。

沼河比売(奴奈川姫  奴奈宜波比売) ウィキより

『日本書紀』には登場せず、『古事記』の大国主の神話の段に登場する。

八千矛神(大国主)が高志国の沼河に住む沼河比売を妻にしようと思い、

高志国に出かけて沼河比売の家の外から求婚の歌を詠んだ。

沼河比売はそれに応じる歌を返し、翌日の夜、二神は結婚した。


『古事記』にはこれ以外の記述はないが、新潟県糸魚川市に残る伝承

では、大国主と沼河比売との間に生まれた子が建御名方神で、姫川を

さかのぼって諏訪に入り、諏訪大社の祭神になったという。

『先代旧事本紀』でも建御名方神は沼河比売(高志沼河姫)の子と

なっている。


『出雲国風土記』島根郡美保郷の条では高志国の意支都久辰為命

(おきつくしい)の子の俾都久辰為命(へつくしい)の子と記され、

大穴持命(大国主)との間に御穂須須美命を産んだと書かれている



※2 日本書紀には一つの地域として越、(越洲(こしのしま))という

名が書かれている。表記については、古くは「高志」「古志」などとも

されたが、7世紀末の分割時かそれに近い時期に「越」にほぼ統一された。

地理的な範囲は敦賀の氣比神宮から船出し日本海を北上して、羽咋の

気多大社を経て、さらに弥彦神社がある弥彦山を右手に見るまでを

一つの地域として「越」と呼んだ。

************************

話しがまとまっていきませんが(笑)、「ヌナカワ姫」のお母さんは

「黒姫」さんとおっしゃり、 新潟県・青海町の「黒姫山」に祀られて

いらっしゃるそうです。


「西頚城郡田海(にしくびきぐんとうみ)村を流るゝ布川の川上に

黒姫山と云ふ山あり、奴奈川姫の御母神「黒姫命」の住座し給ひし山なり。

山頂に祠有り黒姫明神(くろひめみょうじん)と称す。又、黒姫権現

とも云う。此神ここにて布を織り其の川の水戸に持出で滌曝まししに

よりて布川と云う。」
                        『天津・奴奈川神社』  

機を織っては洞窟から流れ出る川でその布を晒した。 それでこの川を

「布川」と呼ばれ布川が<沼川>・<渟名川(ぬなかわ)>と云われる

ようになった。(現在は田海(とうみ)川と呼ばれている。)とあります。

※黒姫命が祀られている「黒姫山」の麓には鍾乳洞があり、中には

日本最大級と云われる「地底の大河」があるそうです。


ここ以外にも長野県中野市にあり別名「信濃富士」とも呼ばれ黒姫山

がありやはり「黒姫命」を祀っているそうで、あと一箇所、新潟県柏崎市

高柳町の黒姫山、山頂にある「鵜川神社」の分霊を勧請して創建された

「黒姫宮」というお宮があるようです。長野と新潟に3つの「黒姫山」があり

いづれも「ヌナカワ姫」の母神である「黒姫命」を祀っているということの

ようです。

黒姫命はおそらくは「古事記」「日本書記」には記されていないと

思うのですが、娘の「ヌナカワ姫」の子供についても同じことが言える

ようです。

出雲国風土記には 

”俾都久良為命” 子 奴奈宜波比賣命 而、令 産神、 ”御穂須須美命” 

是 神座 矣。故、云 「美保」。

と記され、ヌナカワ姫の子とされる「建御名方神」の名はここには

登場しません。逆に、『古事記』 『旧事本記』では「御穂須々美命」の名前

が記されていないようです。

古事記に大国主の子として登場する建御名方神ですが、

ウィキより

「 建御雷神が大国主に葦原中国の国譲りを迫ると、大国主は息子の

事代主が答えると言った。事代主が承諾すると、大国主は次は建御名方神

が答えると言った。建御名方神は建御雷神に力くらべを申し出、建御雷神の

手を掴むとその手が氷や剣に変化した。これを恐れて逃げ出し、科野国の

州羽の海まで追いつめられた。建御雷神が建御名方神を殺そうとしたとき、

建御名方神は「もうこの地から出ないから殺さないでくれ」と言い、服従した。

この建御雷神と建御名方神の力くらべが後に日本の国技となる相撲の起源

となったと伝えられている。なお、この神話は『古事記』にのみ残されており、

『日本書紀』での葦原中国平定にあたる部分に彼の名は見えない。 」とあり

先述の「御穂須須美」と同じ神だとする説もあるようですが、私は2人が同じ

存在だとは感じません。根拠となるものは無く、ただ感じる。としか言いようが

ないのですが。。。。。「ヌナカワ姫」のお母さん「黒姫」と同様、「御穂須須美」

(私は女神かな?と思いました)も埋没させられたのかな?と思いました。


話しを「美保神社」に戻して、美保神社で有名な祭事『蒼柴垣神事

をみていきたいと思います。(長くてすみません)


この神事は「事代主」が国ゆずりの故事によったと言われて

いますが、一般的には「お葬い」の復演と解釈されているそうで、

「祭りといっても厳粛でさびしい祭りである。」と吉野裕子さんは

書かれています。

蒼柴垣神事において、「長型の扇」が祭具として登場しますが、

吉野裕子さんの著書によると

『 浦葵(=ビロウ)葉型の長型の扇が、祭りの大棚の中央に

挿され、また頭屋が祭りの期間中、この扇を手から離さないこと。』



四月七日、頭屋の家に飾られる「大棚」については


『(大棚)の中央には「八雲板」とよばれる鏡板を立て、向かって

右方に「日像」「青龍」「朱雀」の鉾と真の幣(しで)、

向かって左方には「月像」「白虎」「玄武」の鉾と、奉幣鉾と

が飾られる。

鏡板には「影向の松」と「鳥居」が画かれ、その上部中央に

浦葵葉型の「長型の扇」が挿される ~省略~

棚の向かって右方は東方と男性を表す、何故なら日像の

鉾は東、太陽の上るところで神の世界を表すが、青龍も

また東方の霊獣だからである。朱雀は南、南の午の方位で

午方は男性の座である。

向かって左方は西方を示し、人間界と女性を示す。~省略~


つまりこの大棚の右方は東方の神の世界、左方は西方の

人間界をあらわし、東方の神霊、種神の西方、人間界への

渡来を暗示する、そして種神は浦葵に宿り、地母霊をあらわす

「イビ」と合体して「稲の実り」をもたらす。
その媒ち、あるいは

地母霊の代表は本来女性の巫女がつとめるはずであるが

日本本土では男性が祭祀権も手中に収めてしまったから

頭屋も男がつとめているが、やはりそれは祭り切れないので

その妻の小忌人や供人がそれを補佐している形である。

この大棚の飾りはそれだけの意味を含めている。それだから

頭屋は沖縄の豊年祭りにおける巫女たちと同様に浦葵葉型

の扇を手にしつづけ、御嶽(うたき)のイビにひとしいこの

浦葵の木の下に座して神がかりするのである。 』


とその著書に書かれています。



古代、生命の誕生や命の糧となる米など五穀、作物の恵みは

「陰陽」=「火(日)」と「水(月)」  「男」と「女」など両極のエネルギーが

交わることによって生じ、その後「種」は「地」である母の「子宮」=「暗闇」

「洞窟」に一時「篭る」ことによって、ついには地表に現れる。

これを祭りによって人々は再現し、願ってきたのでしょうが

時代を経て、「調和」の交わりではなく「支配」というかたちに

変わっていったんだろうな。と思い、多くの地母神が埋没され

たりしたその中に「御穂須須美」もその1柱なる母神だったのでは

ないかしら。。。。と感じました。


余談ですが「穂」は「火」でもあると思います。そして「須須美」

は「神産巣日神(神皇産霊尊)」の「ムスヒ(ビ)」や「熊野夫須美」

の「フスミ(ビ)」に通じるものがあると感じます。

男女の結び、生産・生成を意味するのが「産霊」(ムスヒ)である

とあります。
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by nekonekonikuqu | 2010-07-15 12:39 | 夢解き・キーワード

桜桃


今日の夢☆☆

学校のような場所に居て(学校と家が合体したような所)

私は冷蔵庫からタッパーに詰めた 『 さくらんぼ 』

をみんなに分けてあげようと2つ出して、何故か上に「氷」

を乗っけていた。


その後? 野外に出て坂道の上まで若い女の子達(彼女達

は高校生か中学生ぐらいの生徒で、私は大人の姿のままで

先輩か、先生?のような感じだった)と競争して走っていた。

競争といっても、遊びのノリで笑いながらなんだけど結果は

やはり若さには敵わず、3位だった。(それでも私の後ろにも

まだ何人か走っていたから、頑張ったと思う 笑)


※サクランボ(桜桃)  byウィキ

一般には「初夏の味覚」であり、サクランボや桜の実は夏の季語であるが、

近年では温室栽培により1月初旬の出荷も行われている。正月の初出荷では

贈答用として約30粒程度が入った300グラム詰めで3万円から5万円程度で

取り引きされ赤い宝石と呼ばれることがある



サクランボは有史以前から食べられていた。桜桃の一種である甘果桜桃

(セイヨウミザクラ)はイラン北部からヨーロッパ西部にかけて野生していた。

また別の品種である酸果桜桃(スミノミザクラ)の原産地はアジア西部のトルコ辺り。


原産地の推定は、1世紀の古代ローマの博物学者プリニウスが著書博物誌に

書いた説明に基づく。これによると、古代ローマの執政官ルクッルスが

第三次ミトリダテス戦争で黒海南岸のケラソス(Kerasos、現在のトルコギレスン

(Giresun) )近くに駐屯した際、サクランボの木を見つけ、ローマに持ち帰った

という。


現在の生産量1位は「トルコ」で2位が「アメリカ」、3位は「イラン」、日本は

20位なんだそう。


「さくらんぼ」と観桜の「桜の木」では種類が異なるみたいなんですが、

先日、たまたま『 伊豆 』のことを調べていたら、日本の「桜」の代表

『 染井吉野 』の親(桜)は、『 伊豆 』(伊豆諸島)の原産なんだとか。

『 桜 』全体で見るとおおもとは、『 ヒマラヤ 』にそのルーツがある

そうです。

どなたかのブログ?で、「桜」は「シリウス」から地球に持ち込まれた。

と見た記憶があるのですが、桜といえば「富士」の女神であり「白い

女神」の代表格の『 コノハナサクヤ 』姫でしょうか。(瀬織津姫も

桜との関連がありますが) 姉の「イワナガ」姫は桜の原産である「伊豆」

に祀られていらっしゃるそうなんですが、「富士」と「伊豆」、なんかありそうです。
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by nekonekonikuqu | 2010-07-14 09:10 | 夢解き・キーワード

シンプソン家


今日の夢☆☆

海辺の「砂浜」に何か上から順に、名前のような文字が

書かれ、ツリー式に(まるで蟻の巣のよう)『 家系図 』?

かと思われるモノが現れた。


夢の中で 「 シンプソン 」と伝わってきた。 アメリカの

アニメで有名な 「 ザ・シンプソンズ 」のことかと思って

ウィキで調べたけれどイマイチで、「シンプソン」の意味を

少し調べたら 「 シモンの息子 」から「シンプソン」という

名(苗字)が出来たみたい。


カトリックで初代の「ローマ教皇」とみなされるイエスの使徒「ペテロ」

の元の名だったり、イエスの兄弟の1人の「シモン」だったり、

詳細の分からない「熱心党のシモン」だったり、「父」である「シモン」

が誰なのか分からないけれど。。。。。
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by nekonekonikuqu | 2010-07-13 14:14 | 夢解き・キーワード



夢で見たもの、キーワードを繋ぎ合わせたら何かが観えてくる?
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